父親の思い出 ④
はじめに手術した右の方は2ヶ月後にギブスがとれましたが、僅か2ヶ月の間にひざ関節がかたまり、屈折が出来なく、院長もリハビリの仕方を教えて呉れないので、聞くのも癪なので、父に頼んで30cm位の高さの横から見ると2等辺3角形の膝下があたる部分を2cm位切り取った形の物を作って貰いました。そして、先ず最初に熱く蒸したバスタオルをひざ関節付近に巻いてもらい、すぐ冷めないようにその上にビニールを巻きつけて、10分位温めたうえで、その3角形状の上にひざを乗せ、1kgほどの砂袋を2個作り、紐で結えて足の両側に振り分ける形でぶら下げて重石代わりにしました。最初のうちは苦痛でしたが、毎日、2回繰り返しやっているうちに少しづつ曲がり始め、30度位から90度までは割と短時間で曲がるようになりましたがそれからがまた大変でした。今度はやはり温めたのち自分で右太腿を両手で抱え、腰と太腿が曲がるようにし、スムースに曲げられるようになったら膝を抱え込みながら母に両足首を持ってもらい、軽く体重を懸けてもらう事を繰り返すうちに150度くらいまで曲がり、あとは足を折りたたんで自分の体重を少しずつ調整しながら繰返し繰り返し続けて、やっと180度、つまり座れる形になりました。そうこうしている内に、手術後3か月たって、ようやく替りの外科医が来て、また、レントゲン写真を一応撮りました。それを見た若い外科医は、多分「自分の手に負えない」と感じて院長と相談したのでしょう。院長が父親に「前に転院したいと言っていましたね。新しい外科医がここの手術施設では(再手術が)難しい様な事を言っているので、もし転院したいなら、結構ですよ」と言われたらしく、常識のある医者なら「うまくいかなくて申し訳ないです」位の一言が有って然るべきところをそのような殊勝な態度は一切無く、また、私の父も特に院長に抗議もしないで、両親の住む町の、前に書いた、父の仕事仲間の奥さんが婦長をしているM.I病院にこれも父の仕事仲間の大工さんのライトバンで、M.I病院に運んでもらい入院しました。病棟は増築したてのコンクリート造りの2人部屋で足の甲の骨折で入院したばかりの方と同室になりました。担当の整形外科医の先生は見るからに真面目で温厚そうな方でした。がレントゲン写真を見て、う~んと小さくうなり、「足が3cmチョット位短くなりますよ」と言い、その理由と手術の大まかな説明をしてくれました。全体的印象でこの先生ならなんとか歩けるようにして貰えそうだと感じました。手術は5時間位掛かりました。先ず、腰骨の一部を切り取ります。次に前のプレートを入れた部分にメスを入れ、プレートとビスを取り除き、楔形に折れた部分を其々切り落とし、次に大腿骨の腰側の方から骨の中の空洞を見極めドリルで穴を開け、そこから膝付近まで3角形の補強用の金属製の棒を差し込んだのですが、もともとぐらつかないように太め加減に作った所為で、最後の方は小槌で叩いても、なかなか思ったように根元まで打ち込めなかった感じで、その部分は冷えたりすると付近の筋肉が委縮するようで、普通に歩けません。先に腰から切り取った骨と楔形の部分の切り取った骨を砕いて、骨折した接合部の欠損部分に埋め込みメスを入れた部分の縫合で終了でした。5時間休みなしの先生はさすがに疲労の色が窺えました。この手術中に輸血に因るとおもわれる湿疹が瞬く間に全身に広がりましたが、単なる血液アレルギーだったようです。 この時期の父は仕事も多忙でしたが、病院にもよく顔を見せてくれました。 ~次回に続く


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