私の睡眠障害は何故直らないのか? ③
其の大きな原因の1つが私の若い頃からの睡眠習慣に有ると思います。 私は小学6年の時から中学2年までの3年間朝5時に起きて新聞配達をしていました。帰校後は朝早いのでどうしても眠くなり、2時間位昼寝をして(母親は外に働きに出ていましたので)それから夕飯を炊いていました。中3の時は高校受験勉強の為、配達は辞めました。高校は普通高校に行きたかったのですが工業高校しか許可して貰えず仕方なく電気科通信課程に進学しました。中学時代はラジオやアンプ等を新聞配達で稼いだお金で業界雑誌で見て秋葉原から部品を取り寄せ組み立てたりしていましたが単なる趣味の域で、殊更に此の学科に拘った訳ではなく仕方無しに此の学科を選択したのですが、どうしても大学に進学したくて高校2年の時に(父親は東京に職を求めて東京暮らしだったので)母親に泣き付き、普通高校に転入若しくは退学して高卒検定試験から大学入試を受けたいので、認めて欲しい。大学はお金が無いので国立に的を絞って頑張るからという私の説得に母親も根負けし、2年の夏休み前だったと記憶してますが当時の担任の先生に話をしに云って呉れ、折角入ったんだからまた1からやり直すのは大変なので、後1年半通学さえすれば専門課程は全て0点でも卒業させてくれると言われたと母親がいうので、私も考え直して従来通りに通学しました。しかし、受験に関係の無い授業中はひたすら受験科目の自習に勤しみ、先生方も一言も文句も言わず、専門科目は全て0点でした。そんな先生達の温情に応えるべく私も必死でした。此の頃は弟達も成長し、ご飯炊きも弟達がしてくれる様になったので私は帰校後に夕飯まで寝て其れから受験勉強に未明まで精を出す毎日でした。何とか卒業させてもらい、其の年は自信が無く受験しませんでした。大学に入るまでも入れた場合も全て自力でやることが条件でしたので、アルバイトを探さないといけないので全国紙を買い、新聞配達のアルバイト先を見つけて電話し採用されました。(当時のアルバイトの双璧は新聞配達と牛乳配達でした)私が目指した大学は国立1期の美術系の定員15人で四次試験まで有り競争倍率15倍という難関でした。が其の当時は全国共通一次試験とか偏差値等という物差しが無かったのが後で考えると私には不幸な結果をもたらしました。
話は戻りますが、此の新聞配達は田舎で考えていた時間よりはるかに早起きし(2時過ぎ頃)、7時ごろまで配り終えて食事のあと10時まで仮眠し、其の後夕刊到着の3時半頃までは集金や勧誘の仕事が有り、夕刊配達後は寮の食事を取る人もいれば食事する時間が無く予備校や専門学校にそれぞれの事情で行動する訳です。私は当時中野区に住んでいて、杉並区西荻窪に有る東洋美術学校に週2回通い、2次試験のデッサンに備え、其れまで本格的にデッサンの勉強はしてなかったので基本を学ぶ為に1年だけ通いました。其れにデッサンに通っていると1次試験の勉強時間も無くなるので2年目はブルータスの石膏像を買って練習してました。あっ!1年目の試験結果は不合格でした。2年目も3年目も失敗(全て1次試験で失敗)し、やっと自分の能力の程度に気づいたのでした。合格組はIQが自分と30位は違いそうだし、受験勉強の取り組み方も間違っていました。初めから3回だけの挑戦と決めていたので、目標を失った私は次の目標を探しあぐねてずるずると27歳でバイクで大事故を起こすまで新聞配達の仕事に従事していたのです。
12歳(成長期)から27歳までの長期に亘る変則的な(細切れの)睡眠の取り方、之が後の睡眠障害に影響を及ぼしている事は間違いの無い処でしょう。あと一つ考えられる原因は私の時間に対する神経質な反応です。新聞配達時は若し30分寝坊したら大変な事でした。読者の中には何時何分まで配達しますと約束して契約する方も当時は結構いましたので、自然に時間に敏感になるのです。私は今でも午前中の用事があると決まって目覚ましが鳴る以前に目覚めてしまいます。之も嘗ての習性が身に付いて離れないからだと思います。以上思い付く儘に私の睡眠障害に付いて考えてみましたが、皆さんはどの様にお感じでしょうか?
最後に参考までに睡眠薬の(持続性による)種類を製品名で表示しておきますので何かの参考にして頂ければと存じます。
超短時間作用型:*ハルシオン、アモバン、マイスリー
短時間作用型:デパス、レンドルミン、リスミー、ロラメット
中間作用型:ベンザリン、ユーロジン、エリミン、ロヒプノール、*サイレース
長時間作用型:*ドラール、ベノジール、ダルメート、ソメリン
*印は私が服用中のものです


コメント