5度目の再発~2度目の塞詮術
前回の塞詮術で現在肝臓癌の治療の主流となっている肝切除、ラジオ波、塞栓術の3大?治療を経験したわけで、野球ならトリプル.クラウンといったところですが、これは自慢にならない体験であとはどの治療法を何回積み上げていくか、何回まで癌治療に肝機能が持ちこたえられるかが今後の焦点になりそうです。 前回の治療後の3ヶ月過ぎにS8(右葉の上部肋骨側)の中心部付近にCT検査で異変が見られ、エコー検査では肋骨が障害になり、画像では確認できず、暫くCT検査で経過観察をしていたのですが、其れまで主治医のK先生が辞めることになり、私の後任医師が誰になるか話題になっていると言う話をS.K病院のA医師が、K大H病院消化器内科に勤務する大学の同期生から聞いたとA医師が診察時に話して呉れました。前の主治医K先生は辞める前に後任は2度目のラジオ波治療の際の研修医だったO医師が担当しますと伝えてくれ、自分は都内に有るJ大病院(の消化器内科の部長クラス若しくは、J大の教授か准教授に所謂、ヘッドハンテングされた様子です)に転勤になると表現していました。 後任のO医師は研修医時代の私の担当だった時、退院前のCT検査の画像に患部から背中に掛けて白い帯状のものが映っていて、担当
主治医は夏休みで留守で自分で退院の決断をなかなか出来ずにいて、(決断を)私が催促した経緯が有りました。2度目のラジオ波治療の記事では省略しましたが原因はラジオ波治療後にエタノールを2cc注入したものが局部から溢れて肝臓の皮膜伝いに背中に廻った炎症痕と推測されます。そんなエピソードもあり、また人柄もよさそうな青年医師でしたが、患者として最初の診察はお世辞にも合格点にほど遠くむしろ呆れた位でした。「以前はどの位の間隔でCT検査していましたか?」との給ったのです。間隔は時と場合に拠るので一概に言えるものではないのは今迄学んできただろう。1人前の医師になったのだからケースバイケースで自分で判断しなさいと言う意味で私は聞こえないふりでシカトしてました。自分で言うのも可笑しいですがそんなに意地悪な人間じゃないつもりです。暫く考えた後3ヵ月後にCT検査をすることになりました。 次回の診察時からは人が変わったように、全く1人前の医師に見えるようになりましたが何が彼を変えたのか知る由は有りません。 3ヶ月毎にCT検査の度に前述のS8にはっきりとは写らないのですが造影剤が所々にうっすらと見えていたので、前がん症状という感じだったのでどうせなるなら早くはっきりした形で出て欲しいと思う憂鬱な気分で過ごしていました。人の心理は不思議なものですね。癌と判定されれば却ってすっきりするのです。とうとう8月の中旬のCT検査で形を現したのです。しかもS5(右葉下方の腹側)に仲間を引き連れて。S5の方は全く予想外でした。もしかしたら、CTスキャンの5mmの死角に2,3mm位のものが出来ていた可能性も否定できません。大きさはどちらも10mm位でS5の方は同心円状のまん丸に近い形で陰影も濃く出ていましたが、S8の方は楕円形がかって、陰影も濃淡があり、余り癌相?が良くない感じを素人乍感じました。今回もラジオ波は適用出来ない所なので、塞詮術でやるのですが、この方法は局所がある程度大きくなって栄養を供給している動脈を特定する必要があるので治療時期の読みが微妙なのです。(肝臓癌は初期は動脈、門脈から貪欲に栄養を貪る)O先生が治療時期に迷っている様子なので、冗談めかして私の過去の経験からS5は2ヵ月後位に20mm位の塞詮術に丁度いい大きさに成長しているのではないでしょうかと話したところ、先生も経験豊富な○○さんがいうのだからそうしましょう、とその場で入院日は10月16日に決まりました。O先生には経済的な事情も気楽に話せ、其れまで金曜日に入院し翌週月曜か火曜日に治療というパターンだったのが月曜入院の翌日治療とか、高額療養費の還付金に無駄が出ないように月をまたがない治療期間の設定等をお願いしたら、快く応じて頂き此の日が入院日と設定された背景も有りました。どの先生もこちらの意向どうりだったら嬉しいんですけどね。手術当日は9時半の治療開始に準備万端整えて治療室に入室後に左肩に麻酔薬を打たれ、手術台に移る直前にスタッフ全員がいなくなりました。何が起きたんだろうと思って数分後に、私が始めて此の病院の外来に来た時のK先生の代診をした先生(S.K病院のA先生の同期でたまに此のブログにも登場する先生だが名前は知りません)が現れ、「まことに申し訳ないですが生死に関わる患者さんがいてすぐ処置をしないといけない状態ですが他に処置する場所も無いので譲ってもらえませんか?」と頼まれたので「私は結構ですよ」と言い、同日午後2時半から仕切り直しとなりました。 今度は時間どうりに始まり先ずS8から取り掛かったのですが、栄養を供給している動脈が特定できず、抗がん剤ファルモルビシンとリピオドールを注入し、S5に移りましたがこちらは患部の直近までカテーテルが入り、塞詮術の見本のようにうまくいった様子でした。1週間後にCT検査の結果、退院となりました。S5はきれいに死滅したようですがS8の方は抗がん剤のせいで治療前の陰影もより薄くなったが癌が消滅した訳ではないので経過観察しながら、塞栓の機会を待つしかないようです。


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